2015年09月03日

自分の喜びのため

誰かに求められたなら、それに応えたいと思うのですが、それは「相手のため」だけではなく「自分の喜びのため」だったりします。

さて、最近起業した友人が遊びに来ました。

ただ「遊びに来た」わけではなく、少なからず「悩み」があったり、誰かに聞いてもらいたいことがあるから訪れてくれたのだと思います。

それを感じると黙っていられない、困った性分です。

彼の事業は「既存モデル」はあるのですが、コアとなる「コンセプト」が違うため、今後のニーズが高まると思います。

しかし、既存モデルとの「差別化」が明確ではありません。

もちろん、説明されると「差」は分かりますが、お客様は最初から長い説明を聞くわけは無く、短くてインパクトのある内容で「差」を明確にする必要があるでしょう。

それらについて一緒に考えることができるのは、私にとっては「楽しい時間」だったりします(笑)

そして「そうだよな、がんばるぞ」と相手が言ってくれると「嬉しく」なります。



以前は、頼まれもしないのにダメ出しアドバイス押し売りしていた私です。

それは誰かに認められたいとか影響力を発揮したいという気持ちがあったと思います。

最近はチョットだけ変わり、相手の喜ぶ顔を見たり、成功を共有し、相手に役立てたと充実感を感じることを優先しています。
(微妙な差ですが・・・笑)

以前は「クチだけ」でしたが、今は「時間と労力」をかけてでも、良い結果となるまで見届けたいというイメージかな。

まぁ、どちらにしても「自分のため」ですけれどね(笑)



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この記事へのコメント

1. Posted by yuki   2015年09月03日 12:25
微妙な差と言っていますがココが大きな差ですよね・・・
私も「自分のため」に「クチだけ」にならないよう頑張ります(笑)

2. Posted by nikumaru   2015年09月03日 13:28
■yukiさん
自分にとっては「大きな差」でも、受け取る相手から見たら「微妙な差」だと思います(笑)

でも「そこ」に自らが、気づくか気づかないかが「大きな差」ですよ。
3. Posted by 136番   2015年09月04日 07:31
深い。深いです。。。
4. Posted by nikumaru   2015年09月04日 10:14
■136番さん
例えば、私たちの世代となると「説教」が増えてしまいますが、そこに自己顕示欲や保身の気持ちが少しでもあれば、相手に見透かされてしまいます。
(私自身、上司を見透かしていたし・・笑)

相手を思っての説教は、ちゃんと相手に伝わるものですが、そこに責任が発生しますから、「行動」も伴わなければなりませんし、結果まで見届けて「評価」する必要もある・・ということかな。


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