2012年11月13日

木曽三川

北海道から中部国際空港に行くときは、木曽川大橋揖斐長良大橋などのトラス橋群を上空から眺めるのが大好きです。

長良川昨日は現場訪問予定がキャンセルになってしまい、時間が空いたので、トラス橋群を実際に見るため木曽川・長良川・揖斐川が合流する長島近辺を見学してきました。

川の恩恵を受けながらも、常に洪水と闘っていた歴史は「土木の歴史」でもあります。

そのあたりの資料も見たかったのですが、残念ながら「第2月曜」という事で、「輪中の郷」「木曽三川公園」などの施設は休館です・・・(泣)

でも、日本の河川改修や治山などの「父」と言われる「ヨハニス・デ・レーケ」「明治治水の図面」だけは見たいですね・・。

ダメ元で、木曽三川の治水工事に関する情報が納められている「木曽川文庫」を訪れました。

やはり「休館」だったのですが、私の思いが通じてか、はたまた「私が訪問するウワサ」が流れたのか、見せていただくことができました。
(受付で、聞いてますと言われました・・さすが中部地整さん・・・笑)

デレーケデ・レーケさんのサインが書かれた改修計画図は、120年前という歴史を感じない精密なモノでした。

細かな線はもちろんの事、フォントも精密かつデザイン性が高いです。



設計書他にも数量や設計金額が書かれている、当時の設計図書もあったのですが、書式は現代とあまり変わらないですね。

その後、船頭平閘門千本松原など先人の跡を見ながら、長良川河口堰に向かいました。

堤防大型車が交差するのがギリギリの堤防を走っていると、川の水位より町の地盤が低いことがわかります。

現在でも、洪水から町を守る工事や、地震による液状化を防ぐ工事がアチラコチラで行われていました。

多分、数百年の間、常に水と闘うための「土木」が続けられていることと思います。

それは、今後も人が暮らす限り終わること無いと思います。

過去の土木
現代の土木を見ながら、長良川河口堰たどり着くと、治水・利水・産業・環境という問題から「公共事業のあり方」について論じられたことは「未来の土木」に必ず繋がると私は感じました。



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この記事へのコメント

1. Posted by こてつ   2012年11月13日 22:57
肉丸師匠 こんばんは!!
120年前の図面はホントすごいです。。
今、手書きでここまで書ける人は数少ないのでは・・
本物の図面はもっと精細なんですよ。。
2. Posted by nikumaru   2012年11月14日 00:42
■こてつさん
各方面への「根回し」ありがとうございました(笑)

レプリカなのですよね。
でも「伝わるモノ」はありましたよ。

ちなみに本日はデ・レーケさんと同時期に日本にいたナウマン象で有名なナウマンさんについて考える1日でした。
(こてつさんの実家近辺で考えてました・・笑)

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